現場から見た経営とお金の使い方

安く請けるのは「やさしさ」ではない|中小企業の値決めの基本

この記事の要点

「お客さんのために安く」——その値決めが会社の体力を削っていませんか。中小企業庁の最新調査でも価格転嫁は道半ば。製造・生産管理の現場15年の視点から、赤字を生まない値決めの考え方と、明日からできる原価の見直し手順をやさしく解説します。

「お客さんのために、少しでも安く」。そう考えて値段を下げるのは、一見すると誠実さのように見えます。ですが、その値決めが自分の会社の体力を静かに削り、結果としてお客さまへ長く良い仕事を届けられなくなっているとしたら——それは本当の「やさしさ」と言えるでしょうか。

この記事では、製造・生産管理・営業の現場で15年、原価と値段に向き合ってきた視点から、中小企業・個人事業のための「値決めの基本」をやさしく解説します。難しい会計の話は使いません。明日から自社でできる、原価の見直し手順までお持ち帰りください。

「安ければ喜ばれる」の落とし穴

値段を下げれば、たしかにその場ではお客さまに喜ばれます。ですが、値段には「利益」という会社の未来をつくるお金が含まれています。利益が薄いと、次のような負のループに入ります。

  • 利益が出ない → 設備・人・広告に投資できない
  • 投資できない → 品質やスピードが上がらない → ますます値段で選ばれる
  • 値段で選ばれる → さらに安くしないと勝てない → 体力が尽きる

安請け合いは、お客さまへの「やさしさ」ではなく、実は自分の会社にも、長い目で見ればお客さまにも不誠実になりかねません。良い仕事を続けるための利益まで削ってしまうからです。

データが示す「値上げできない」現実

「値段を上げたいけれど、なかなか言い出せない」——これはあなたの会社だけの悩みではありません。国の最新調査がそれを裏づけています。

中小企業庁が公表した「価格交渉促進月間(2025年9月)」のフォローアップ調査によると、コストの上昇分をどれだけ販売価格に反映できたかを示す「価格転嫁率」は53.5%(前回から約1ポイント増)にとどまりました。上がったコストのうち、半分弱は自社がかぶっているという現実です。内訳を見ると、原材料費は55.0%、エネルギーコストは48.9%、そして労務費(人件費)は初めて50.0%に到達しました。裏を返せば、上がった人件費の半分は価格に乗せられていません。

そもそも取引先と実際に価格交渉が行われた割合は59.2%。裏を返せば、約4割は交渉のテーブルにすらついていません。しかも、発注側から声をかけて交渉が始まったケースは34.6%(前回から約3ポイント増)にとどまり、多くの現場では「自分から言い出さないと、交渉すら始まらない」のが実情です。
(出典:経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査結果」2025年11月28日発表・12月2日一部訂正。受注側中小企業30万社を対象に実施/取得日2026年7月22日)

コストは確実に上がっているのに、価格転嫁は道半ば。だからこそ、取引先との交渉の前に、まず「自社の値決めが正しいか」を自分の手で点検することが、今いちばん効く一手になります。

値決めの前に「原価」を正しく数える

正しい値決めは、正しい原価把握から始まります。製造や生産管理の現場では、原価を「材料費・労務費・経費」の3つに分けて数えます。この考え方は、飲食でも工事でも士業でも、すべての商売に応用できます。

中小・零細が見落としがちな3つのコスト

  • 自分の人件費(社長・自分の時間):一人親方・少人数の会社ほど、自分の手間賃を「タダ」で計算しがちです。あなたの時間もコストです。
  • 間接費(家賃・光熱費・車両・保険・ソフト代など):ひとつの仕事に直接ひもづかない費用も、全部の売上で割って必ず乗せます。
  • やり直し・移動・見積り・事務の時間:作業していない「見えない時間」こそ、利益を食う最大の犯人です。

おすすめは「時間チャージ」で考えること

零細・一人事業に特におすすめなのが、生産管理でも使う「時間チャージ(1時間あたりいくら稼ぐ必要があるか)」という考え方です。手順はシンプルです。

  • 1か月に必要なお金を全部足す(生活費+事業経費+残したい利益)
  • 実際に売上を生める「働ける時間」を数える(移動・事務・見積りを引いた実働)
  • ①÷② = あなたの1時間の最低単価

この「1時間あたりの最低単価」を下回る仕事は、受けるほど赤字が増えます。数字が見えると、値決めが「気合い」ではなく「計算」に変わります。

東海の中小でよくある3つの「安請け合い」

愛知・岐阜・三重の中小・零細の現場でも、次のような値決めのつまずきはよく見られます。当てはまるものがないか、点検してみてください。

  • 「昔からこの値段だから」:10年前の価格のまま。材料も人件費も上がっているのに、値段だけ据え置き。
  • 「常連さんだから、この人だけ特別に」:値引きが固定化し、いつの間にか全体の利益率を下げている。
  • 「他社より1円でも安く」:値段だけで勝負する土俵に自ら乗ってしまい、体力の消耗戦に巻き込まれる。

どれも「相手のため」「仕事を取るため」という善意から始まります。だからこそ、善意が自社を追い込んでいないか、数字で確かめる習慣が要ります。

明日からできる「値決め見直し」5ステップ

  • ステップ1:主力商品・サービスを1つ選び、材料費・労務費・経費を書き出す
  • ステップ2:見落としがちな「自分の人件費」と「間接費」を必ず足す
  • ステップ3:上の「時間チャージ」で、1時間あたりの最低単価を出す
  • ステップ4:今の売価が、原価+残したい利益を上回っているか確認する
  • ステップ5:下回っていたら、値上げか、提供内容の見直しかを決める(むやみに安くしない)

値上げをお願いするときは、感覚ではなく「コストがこれだけ上がった」という事実をそえると、相手も納得しやすくなります。国の調査が示すとおり、価格を上げること自体は、いまや後ろめたいことではありません。

「損得より善悪」で考える値決め

私が大切にしているのは、目先の損得より、善悪で決めるという考え方です。値決めに当てはめると、こうなります。

  • 相手に良い仕事を長く届けるために必要な利益は、正々堂々といただく
  • その代わり、いただいた分は品質・スピード・誠実な対応で必ず返す

安さで気を引くのではなく、「この値段でこの価値なら納得だ」と思ってもらえる状態をつくる。それが、会社もお客さまも長く続く、本当の意味での「やさしさ」だと考えています。値決めは、どこにお金を使い、どこを削るかという経営のボトルネックを見つける現場術とも深くつながっています。この「損得より善悪」という考え方の由来はこちらの記事で紹介しています。

まとめ

安く請けることは、やさしさではありません。正しい利益を確保することこそ、お客さまへ良い仕事を届け続けるための土台です。まずは主力商品を1つ、原価と時間チャージで点検してみてください。

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